歴史

2005年7月13日(水)
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1993年にUEFAチャンピオンズリーグの初代王者になったフランスのマルセイユ1993年にUEFAチャンピオンズリーグの初代王者になったフランスのマルセイユ (Copyright Getty Images)

1955年3月2日にウィーンで開かれた第1回UEFA総会の1カ月後、欧州最強のクラブを決める大会が初めて開催された。しかし、意外なことに、このいわゆる“欧州カップ”を主催したのは、UEFAではなかった。

起源はフランス
UEFA創設メンバーの多くは、各国代表チームが競う大会を作ることに関心を寄せていた。一方、フランスの日刊スポーツ紙レッキップと、当時の同紙編集長ガブリエル・アノ氏は、欧州全土のクラブが争う大会の創設を支持。アノ氏は、同僚のジャッキー・フェラン氏と共に、各チームが水曜日のナイトゲームで戦うことを想定し、大会の構想を練った。

実力より人気
レキップ紙が主導した大会の規約には、各国リーグの優勝チームが参加する、という既定はなかった。主催者側は、ファンに最も人気がありそうなクラブを独断で選び、招待していた。まず、1955年の4月2日と3日に開かれた会合で、招集された16クラブの代表者は、レキップ紙の提案を全会一致で可決。そしてリスボンで、欧州チャンピオンズカップ初の試合が開催されることになった。スポルティング・リスボンがユーゴスラビアのFKパルチザンを迎えたこの試合は、3-3のドローで終了。ベオグラードに舞台を移して行われた第2戦では、パルチザンが5-2の勝利を収め、次のラウンドへ駒を進めた。

マドリーによる支配
すぐにこの大会を独占したのが、レアル・マドリーCF。第1回から5連覇を達成した。その後、トロフィーは他のチームの手にも渡る。AFCアヤックスとFCバイエルン・ミュンヘンは、それぞれ3連覇を成し遂げた。しかし、それ以上の長期にわたって大会を支配し続けることができたチームは存在しない。アヤックスは、1970年代初めに3連覇を果たした後、4度目の優勝を飾るまでに22年を要した。マドリーは1998年に優勝したが、それも32年ぶりのことだった。また、2001年にミラノで行われた決勝をPK戦の末に制したバイエルンは、26年待ってようやく4度目の優勝を果たした。

リバプールの成功
リバプールFCが1977年から1984年までの間に果たした4度の優勝は、特筆に価する。それぞれのトロフィーが、本質的に違うメンバーで構成されたチームによって掲げられたためだ。そのレッズ(リバプールの愛称)は2005年、欧州での権威を再び取り戻した。リバプールはACミランに0-3とリードされながらも追い付き、PK戦を制して劇的な勝利を記録。大会史上、恐らく最もエキサイティングで、最も記憶に残る決勝だったと言えるかもしれない。

名を残してきたクラブ
UEFAチャンピオンズリーグとなってから最も多くの成功を収めているチームは、やはり3度の優勝を誇るレアル・マドリーCF。チャンピオンズカップ時代からの通算でも9度にわたってタイトルを獲得しており、その成功は突出している。これに続くのが、6度の優勝実績を持つACミランで、5度のリバプールは3位。その下には、4度のバイエルンとアヤックスが並んでいる。マドリーは、決勝進出回数でも、最高の12回を記録。また、2002-03シーズンのミランは、19戦もの試合を消化して栄冠を勝ち取っている。このシーズンのミランは、予選3回戦から出場。長い道のりを経てたどり着いた決勝で、ユベントスFCをPK戦の末に撃破した。

転換点
進化し続けてきた大会は、1992-93シーズンを前に大きな転換点を迎えた。このシーズンからは、UEFAチャンピオンズリーグとして再出発。伝統的なノックアウト方式のトーナメントに加え、その前のシーズンで試験的に導入されていたグループリーグが、正式に採用されることになった。このグループリーグ方式が人気を博し、出場チーム枠も8チームから32チームに拡大。試合は、欧州各地で火曜日、または水曜日に行われるようになった。

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