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何度も返り咲いた欧州の代表監督たち

掲載: 2017年5月10日(水), 0.54CET
ディック・アドフォカート監督はオランダ、アレクサンドルス・スタルコフス監督はラトビアで3回目の代表監督就任を果たした。これを受け、同じように母国の代表チームの指揮官にたびたび返り咲いた欧州の監督たちをUEFA.comが紹介する。
掲載: 2017年5月10日(水), 0.54CET

何度も返り咲いた欧州の代表監督たち

ディック・アドフォカート監督はオランダ、アレクサンドルス・スタルコフス監督はラトビアで3回目の代表監督就任を果たした。これを受け、同じように母国の代表チームの指揮官にたびたび返り咲いた欧州の監督たちをUEFA.comが紹介する。

ディック・アドフォカート監督が3回目のオランダ代表監督就任を果たし、アレクサンドルス・スタルコフス、ファティ・テリムの両監督も母国で3度目の挑戦を始めようとしている。UEFA.comは、母国の代表監督にたびたび復帰した欧州の監督たちをまとめた。

10回:ストヤン・オルマンジエフブルガリア:1950–53、1953、1954–55、1956–57、1957–60、1972、1974、1974–75、1976、1977)

7回:フリスト・ムラデノフブルガリア:1972–73、1973、1973–74、1974、1976、1977、1986–87)

ブルガリア代表監督のポジションは、1980年代までかなり入り乱れていた。あまり頻繁に試合が行われていなかったため、試合ごとに監督が変わることもよくあり、メンバーは代表チーム委員会の指揮下に置かれていた。10回、代表監督となったストヤン・オルマンジエフ氏は歴代最多の77試合で采配。同氏はソ連で訓練を受け、1956年のメルボルンオリンピックではチームを銅メダルに導いた。2006年に86歳でこの世を去っている。

5回:カール・グドムンドソンアイスランド:1954–56、1959、1961、1963–65、1966)

体育教師で、フラム・レイキャビクでDFとしてプレーしたグドムンドソン氏は、アイスランドにサッカーの指導法を学ぶ場所がなかったため、1940年代後半に海外へ赴き、チェルシーやアーセナル、またドイツにも滞在して知識を集めた。そして海外で学んだことを実践に移し、5回にわたってアイスランド代表の監督を務めた。そのほかノルウェーのリールストレームとサンデフィヨールを率いたこともある。2012年に死去。

©Getty Images

オランダ代表監督を4回務めたミケルス監督

4:ロロ・ボリチアルバニア:1957–63、1965–72、1976、1981)
4回:バレリー・ロバノフスキーソ連:1975–76、1982–83、1986–90、ウクライナ:2000–01)
4回:リヌス・ミケルスオランダ:1974、1984–85、1986–88、1990–92)
4回:アンゲロ・ニクレスクルーマニア:1967、1967–71、1971–72、1972–73)
4回:ビットーリオ・ポッツォイタリア:1912、1921、1924、1929–48)
4回:イバン・ラドエフブルガリア:1939、1942、1947、1950)
4回:ニキータ・シモニャンソ連:1963、1964、1977–79、1988)
4回:バレンティン・スタネスクルーマニア:1964、1971、1973–75、1980–81)
4回:エメリック・フォーグルルーマニア:1943–45、1947、1947–1948、1950–52)

現在、3回目の現職についている監督
3回:ディック・アドフォカート
オランダ:1992–94、2002–04、2017–)
3回:アレクサンドルス・スタルコフスラトビア:2001–04、2007–13、2017–)
3回:ファティ・テリムトルコ:1993–96、2005–09、2013–)

最終更新日: 17年5月9日 14.34CET

http://jp.uefa.com/news/newsid=2467487.html

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