
先月会場100周年を迎えたマンチェスター・ユナイテッドFCの本拠地オールド・トラフォード。ミラノで行われたUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦第1戦では、ユナイテッドが3-2で先制。ホームで行われる第2戦では、デイビッド・ベッカムがACミランの一員として、退団後初めて帰ってくる。その試合を前に、“夢の劇場(Theatre of Dreams)”で過去に繰り広げられた記憶に残る欧州カップ戦の試合を振り返ってみたい。
対レアル・マドリーCF、1957年4月25日、欧州チャンピオンズカップ準決勝第2戦
チャンピオンズカップにイングランド勢として初出場したユナイテッドは、当初はホームゲームをメイン・ロードで戦っていた。RSCアンデルレヒトには10-0で圧勝。アスレティック・クラブも3-0で破り、第1戦の3-5から逆転からで勝ち上がった。マドリーとのホームゲームは、照明の設置が終了したオールド・トラフォードで行われた。第1戦を3-1で制していたマドリーは、第2戦でも前半だけで2点をリード。しかし、熱狂的な応援を背に戦ったユナイテッドは、トミー・テイラーとボビー・チャールトンのゴールで試合を2-2の引き分けに持ち込んだ。ガーディアン紙は「歓声がそのまま力になっていたなら、ユナイテッドは楽勝だったはずだ」
対ACミラン、1958年5月8日、欧州チャンピオンズカップ準決勝第1戦
その翌シーズンの大会で、ユナイテッドはFCツルベナ・ズベズダ遠征の帰りにミュンヘンで23人の死亡者を出した飛行機事故に巻き込まれ、8選手を失った。その3カ月後、チャンピオンズカップでの戦いをホームで再開。5日前のFAカップ決勝を落としていたユナイテッドは、前半半ばにファン・スキアフィーノに決められてACミランにリードを許す。しかし、デニス・バイオレットが同点ゴールを奪うと、80分にミュンヘンの悲劇の後に加入した小柄なFWアーニー・テイラーが決勝点となるPKを決めた。しかし、ユナイテッドが陸路で移動した第2戦はミランの4-0の勝利に終わっている。
対FCバルセロナ、1984年3月21日、UEFAカップウィナーズカップ準々決勝第2戦
ディエゴ・マラドーナとベルント・シュスターを擁したバルセロナは、2-0と先勝してオールド・トラフォードに乗り込んで来た。しかし、主将ブライアン・ロブソンが22分にダイビングヘッドを決めてユナイテッドに希望をもたらし、 後半の早い時間帯にも得点して2試合合計スコアを2-2とする。その5分後にはノーマン・ホワイトサイドが頭で落としたボールをフランク・ステイプルトンが叩き込み、ユナイテッドが勝ち越しに成功。バルセロナも反撃に出たもののホームチームは最後まで耐え抜き、勝ち抜けをファンたちはロブソンを担ぎあげて喜びを示した。
対レアル・マドリーCF、2003年4月23日、UEFAチャンピオンズリーグ準々決勝第2戦
オールド・トラフォードでの決勝まで勝ち進むべく意気込んでいたユナイテッドだが、マドリードでの第1戦を1-3で落とし、ポール・スコールズとガリー・ネビルは出場停止となった。第2戦でも、マドリーが60分の時点で3-2とリード。ハットトリックを決めたロナウドは、交代の際に敵地の観客からスタンディングオベーションを受けた。しかし、本当のお楽しみはその後に待っていた。シーズン後にマドリーへ移ることになるベッカムが、FKで得点。さらにもう1点を追加し、レッド・デビルズ(ユナイテッドの愛称)を第2戦での勝利に導いた。
対ASローマ、2007年4月10日、UEFAチャンピオンズリーグ準々決勝第2戦
ユナイテッドはこの対戦でも1-2とリードされてホームゲームを迎えた。しかし、19分までにマイケル・キャリック、アラン・スミス、ウェイン・ルーニが得点して2試合合計で逆転。クリスチアーノ・ロナウドもハーフタイムをはさんで2ゴールを決め、さらにジョン・オシェイ、キャリック、パトリス・エブラが加点した。結局ユナイテッドは7-1と、欧州カップ戦に参加した約40年で最多得点差となる勝利を収めた。
©UEFA.com 1998-2012. All rights reserved.
http://jp.uefa.com/uefachampionsleague/news/newsid=1459286.html#5