学校で同級生だった選手たち

バイエルンがアーセナルを迎える試合では、かつて同じ学校に通っていたマヌエル・ノイアーとメスート・エジルが再会する。これを受け、UEFA.comがほかにも同じ学校出身の選手たちがいないか調べてみた。

Mesut Özil & Manuel Neuer (Schalke)
©Getty Images

バイエルンが本拠地フスバル・アレナ・ミュンヘンにアーセナルを迎えるUEFAチャンピオンズリーグ・ラウンド16第1戦では、かつて同じ学校に通っていたマヌエル・ノイアーとメスート・エジルがピッチで顔を合わせることになる。

ゲルゼンキルヘンにあるベアガー・フェルト総合学校には、この2人のほか、将来ドイツ代表となるベネディクト・ヘーベデスも通っていた。校舎はシャルケのホームグラウンドのすぐ裏に立っていたため、サッカーに学業が影響されてもおかしくない環境にあった。

「(エジルは)シャイで内向的な生徒で、サッカーのことしか考えていなかった」とかつての指導教官は明かす。一方、ノイアーは目立つ生徒だったという。「将来プロになるとは思われていなかったね」

GKノイアーは今も母校と強いつながりがあり、ある年代のグループに毎日、カゴ入りの果物を差し入れているという。エジルは中等教育の終了資格を得て2005年に卒業。ヘーベデスはシャルケでプロになっても学校に通い続け、Aレベルを終了した。

その他、欧州で同じ学校に通っていた有名選手たちを以下に紹介する。

OŠブラツトボ=イェディンストボ(現OŠブラゴ・ザドロ)、ブコバル
ハイデュク・スプリトでスター選手となり、今はクロアチア代表でアシスタントコーチを務めているアンテ・ミシェ氏と、1991年にツルベナ・ズベズダでUEFAカップウィナーズカップを制し、現在はトリノを率いるシニシャ・ミハイロビッチ監督は、ブコバルにある同じ小学校に通っていた。「彼は私より2歳年下だったが、学校ではあらゆるスポーツのチームで対戦していたよ」とミシェ氏は話している。

ナ・マリアーンツェ小学校、プラハ
ボローニャのラディスラフ・クレイチ、ブライトンのイジー・スカラーク、ホッフェンハイムのパベル・カデジャーベクは小学校に始まり、スパルタのユースチーム、チェコ代表のユースでも共に過ごし、今や代表で一緒にプレーする仲になった。「ここまで一緒に来るのが子供のころから、皆の夢だった」とカデジャーベクは言う。「小さな時期から知っている友人たちに代表チームで会えるのはいつだって嬉しいよ」

Hatem Ben Arfa & Karim Benzema (France)
ベン・アルファ(左)とベンゼマも同じ学校に通っていた©Getty Images

コラージュ・サン・ブルーノ、リヨン
リヨンのアカデミー出身で最も有名な選手たちは皆、コラージュ・サン・ブルーノに通っていた。カリム・ベンゼマ、アテム・ベン・アルファ、ロイク・レミは同時期に過ごし、少しあとに入ったアレクサンドル・ラカゼット、クレマン・グルニエ、マクシム・ゴナロンもクラスメートだった。一方、カーンではジェローム・ロタンとウィリアム・ガラスが共に学んだ。ちなみにロタンは自伝のなかでガラスの数学の能力をけなし、後日、謝罪している。

スクール・ナンバー170、キエフ
1985年、ウクライナでよく知られたユースコーチ、オレクサンドル・クロシェンコ氏によって、キエフのスクール・ナンバー170に“サッカー特別クラス”が実験的につくられた。元生徒の多くはプロ選手となったが、そのなかでもオレクサンドル・ショフコフスキー、ブラディスラフ・バスチュク、セルゲイ・フェドロフはバレリー・ロバノフスキー監督率いるディナモ・キエフの一員となり、ウクライナ代表にも呼ばれた。

ミラン・ムニャス小学校、ウブ
ベオグラードから50キロほど離れた所にある小学校には、ユーゴスラビアで最高の選手と言われるドラガン・ジャイッチ、ドゥシャン・サビッチなどに加え、現在チェルシーでプレーするネマニャ・マティッチやリスボンのスポルティングCPにいるラドスラフ・ペトロビッチらが通っていた。数学を指導したパリポピッチ先生はジャイッチの名付け親だったため、なかでも強い印象を残したようだ。

シェフレミニ・リセシ、イスタンブール
1995年から2005年まで、ガラタサライが若手選手を教育するために使っていた高校。将来トルコ代表となるファティ・アキエル(1995年)、エムレ・ベロゾール(1997年)、アルダ・トゥラン(2004年)はこの学校の卒業生であり、サブリ・サルオールも1年間通っていた。

ベイルマー高校、アムステルダム
トッテナムのベルギー代表DFトビー・アルデルワイレルトは、10代でアヤックスの下部組織に加入。本人のインタビューによると、マンチェスター・ユナイテッドのダリー・ブリントと同じクラスだったそうだ。

Toby Alderweireld & Daley Blind (Ajax)
アヤックスでチームメートだったアルデルワイレルトとブリントは同級生©Getty Images

カーネーション・ストリート小学校、ブダペスト
近所で育った'“マジック・マジャール”のフェレンツ・プシュカシュとヨージェフ・ボジクは、ブダペスト・ホンベードの本拠地のそばにある学校に通っていた(ボジクが18カ月年上のため、同級生ではない)。ラースロー・“ラディスラオ”・クバラとハンガリー代表のチームメートだったイストバーン・ミケもブダペスト第8地区にある同じ小学校で勉学を共にしている。

イーストバリー中学校、ロンドン
ロンドンのバーキング・アンド・ダゲナム区にあるイーストバリー校に通っていたのは、のちにイングランド代表の主将となった2人。1966年FIFAワールドカップで優勝したチームの主将ボビー・ムーアと、チェルシーで欧州のトロフィー数々を獲得したジョン・テリーだ。

チングフォード校、ロンドン
ロンドンの別の地区にあるチングフォード校に通ったデイビッド・ベッカムは、1991年にマンチェスター・ユナイテッドに加入。その約20年後、のちにトッテナムで旋風を起こすハリー・ケインも同校で学んでいる。

ストラヒミル・クラニチェビッチ小学校とMICC高校、ザグレブ
7歳年下のアンドレイ・クラマリッチに道を開いたのはニコ・クラニチャルだ。2人は同じ小学校と高校に通っただけでなく、ディナモ・ザグレブで共にキャリアをスタートさせた。

ウィッチチャーチ高校、カーディフ
数々のスポーツ選手を輩出した名門。ガレス・ベイルとラグビーのウェールズ代表サム・ワーバートは同級生だ。その3学年上の卒業生には、2008年と2012年のオリンピック金メダリストである自転車競技選手、ゲラント・トーマスがいる。