ユベントスとレアル・マドリー、過去の決勝を回顧

過去に2度、欧州の頂点に立ったユベントスに対し、史上最多11回の優勝経験を持つレアル・マドリー。この2チームが出場した過去22回の決勝をUEFA.comが振り返る。

©Popperfoto/Getty Images

欧州チャンピオンズカップとUEFAチャンピオンズリーグの決勝に14回進出し、11勝を挙げているレアル・マドリー。一方、優勝2回のユベントスはロス・メレンゲス(マドリーの愛称)に屈した1998年の決勝を含め、歴代最多の6敗を喫している。両チームが過去に戦った決勝をUEFA.comが振り返った。

ユベントス

1983年決勝:ハンブルクがユベントスを下す
1983年決勝:ハンブルクがユベントスを下す

1972-73シーズン:アヤックス 1-0 ユベントス
初めての決勝でベオグラードに乗り込んだユベントスは、序盤に許したヨニー・レップの1点で惜敗。欧州3連覇を果たしたアヤックスの引き立て役に甘んじた。ユーベがこの借りを返したのは23年後のことだ。

1982-83シーズン:ハンブルク 1-0 ユベントス
2度目の決勝の舞台はアテネ。しかしハンブルクのMFフェリックス・マガトに強烈なシュートで決勝点を奪われ、前回と同じスコア、同じ結末に終わった。

1996年決勝:ユベントスがPK戦でアヤックスに勝利
1996年決勝:ユベントスがPK戦でアヤックスに勝利

1984-85シーズン:ユベントス 1-0 リバプール
「あの夜のことは特に覚えている。残念ながら悪いほうの理由でね」。ヘイゼルでの大一番をこのように振り返ったのは、当時ユベントスでプレーしていたズビグニェフ・ボニエク氏だ。「欧州チャンピオンズカップ決勝を観に行った人たちが、もう2度と自宅に帰れないなんてことは絶対にあってはならない」。試合前の暴動で命を落としたファンは39人。ユーベは59分にミシェル・プラティニが決めたPKで栄冠を手にしたが、喜ぶことができない欧州制覇となった。

1995-96シーズン:ユベントス 1-1 アヤックス(延長戦、ユベントスがPK戦4-2で勝利)
ファブリツィオ・ラバネッリが序盤に先制したユベントスに対し、アヤックスもヤリ・リトマネンのゴールで追いつき勝負は延長戦へ。その後のPK戦でGKアンジェロ・ペルッツィがエドガー・ダービッツとソニー・シローイのシュートを阻止したユベントスは、最後にブラディミル・ユーゴビッチが決めて王座を取り戻した。ラバネッリは次のように語っている。「アヤックスは本当に素晴らしい選手が揃った強力なチームだった。でも僕らはしっかりと準備できていたし、気迫を前面に押し出しながら、ハートと謙虚さを忘れずに結果を手にした」

1998年決勝:ミヤトビッチの1点でレアル・マドリーが戴冠
1998年決勝:ミヤトビッチの1点でレアル・マドリーが戴冠

1996-97シーズン:ボルシア・ドルトムント 3-1 ユベントス
マルチェロ・リッピ監督率いるチームは大会連覇を期待されていたにもかかわらず、元ユーベのジュリオ・セーザル、ユルゲン・コーラー、パウロ・ソウザ、アンドレアス・メラーを擁するドルトムントに屈した。ミュンヘンで行われた試合は、ドルトムントが前半にカール=ハインツ・リードレの2発で先行。ユベントスもアレッサンドロ・デル・ピエロが後半に1点を返したが、ラース・リッケンの鮮やかな3点目を許して力尽きた。

1997-98シーズン:ユベントス 0-1 レアル・マドリー
ユベントスはその翌年にもアムステルダムでの決勝へ勝ち進んだが、後半に許したプレドラグ・ミヤトビッチの1点でレアル・マドリーに7回目の優勝を決められた。

2015年決勝:バルセロナ 3-1 ユベントス
2015年決勝:バルセロナ 3-1 ユベントス

2002-03シーズン:ユベントス 0-0 ACミラン(延長戦、ミランがPK戦3-2で勝利)
大会史上初、さらに過去唯一となるイタリア勢対決のUCL決勝は、延長戦でも決着がつかずPK戦へ突入した。この決勝の舞台となったオールド・トラフォードで、最終的に栄冠を掲げたのはミラン。PK戦でクラレンス・セードルフとカハ・カラーゼがネットを揺らせなかったミランに対し、ユベントスはダビド・トレゼゲ、マルセロ・サラジェタ、パオロ・モンテーロが失敗した。

2014-15シーズン:ユベントス 1-3 バルセロナ
ベルリンのオリンピアシュタディオンで開始早々の4分にイバン・ラキティッチの先制点を許したユベントスは、この大会の決勝で歴代最多の6敗目を喫するという不名誉を授かることになった。後半の早い時間にアルバロ・モラタのゴールで追いついたものの、ルイス・スアレスに勝ち越しゴールを奪われた末、タイムアップ寸前のラストプレーでネイマールにとどめを刺された。

レアル・マドリー

コパ氏がパリでの第1回大会決勝を振り返る
コパ氏がパリでの第1回大会決勝を振り返る

1955-56シーズン:レアル・マドリー 4-3 スタッド・ランス
パルク・デ・プランスで行われた第1回欧州チャンピオンズカップ決勝では、開始10分までに2点を奪われながらも逆転勝利を収めた。60分過ぎの時点で3-2とリードしていたのはランスだったが、直後にマヌエル・マルキートスのゴールでマドリーが再び同点とする。そして試合終了11分前にはエクトル・リアルの決勝点が生まれた。

1956-57シーズン:レアル・マドリー 2-0 フィオレンティーナ
2度目の決勝が行われたのは、マドリーの本拠地サンティアゴ・ベルナベウ。この大一番の最後を締めくくったのは、ホームチームが歓喜に包まれるいつもの光景だった。フィオレンティーナも必死に抵抗を試みたが、後半半ばにアルフレド・ディ・ステファノのPKで先制され、パコ・ヘントの追加点を許して力尽きた。

マドリー3度目の優勝をレジェンドたちが振り返る
マドリー3度目の優勝をレジェンドたちが振り返る

1957-58シーズン:レアル・マドリー 3-2 ACミラン(延長戦)
ミランはヘイゼル・スタジアムで2度にわたってリードを奪ったものの、またしてもスコアをひっくり返したマドリーが栄冠に輝いた。王座防衛が危うくなるたびに同点ゴールを決めたのは、ディ・ステファノに続いて79分にネットを揺らしたリアル。この決勝は大会史上初めて延長戦に突入し、107分に生まれたヘントの決勝点で・マドリーが3連覇を達成した。

1958-59シーズン:レアル・マドリー 2-0 スタッド・ランス
シュツットガルトのネッカーシュタディオンで行われた試合は第1回大会決勝の再現となり、今回もマドリーが勝利を収めた。マドリーはフェレンツ・プシュカシュの欠場に加え、レイモン・コパの負傷交代というアクシデントをものともせず、前後半の立ち上がりに決まったエンリケ・マテオスとディ・ステファノのゴールで快勝した。

1960年決勝:ハムデン・パークでの歴史的名勝負
1960年決勝:ハムデン・パークでの歴史的名勝負

1959-60シーズン:レアル・マドリー 7-3 アイントラハト・フランクフルト
大会5連覇を成し遂げたこの決勝は最も記憶に残るものとなり、グラスゴーでフランクフルトに大勝した。決勝で史上初となるハットトリックを達成したプシュカシュは、もう1点追加して4ゴールをマーク。ディ・ステファノも3ゴールを挙げる見事なパフォーマンスを披露し、ハムデン・パークを埋め尽くす12万7000人もの大観衆を魅了した。

1961-62シーズン:ベンフィカ 5-3 レアル・マドリー
マドリーの欧州連覇は1回戦でバルセロナに敗れた1960-61シーズンに止まったが、その翌年には再び決勝へ進出。アムステルダムのオリンピスフ・スタジアムでは、プシュカシュが決勝で自身2度目のハットトリックを記録した。しかしその活躍も報われず、栄冠を手にしたのはエウゼビオが2ゴールを挙げたベンフィカだった。

1963-64シーズン:インテル・ミラノ 3-1 レアル・マドリー
その2年後にもあと一歩で優勝を逃した。ウィーンのプラターシュタディオンで、ベテランになったディ・ステファノとプシュカシュから主役の座を奪ったのはインテルのサンドロ・マッツォーラ。そのマッツォーラとアウレリオ・ミラーニのゴールで2点をリードしたインテルは、フェロに1点を返されたものの、マッツォーラのこの日2点目で勝利を確実とした。

1966年決勝:ヘントが6度目の欧州制覇
1966年決勝:ヘントが6度目の欧州制覇

1965-66シーズン:レアル・マドリー 2-1 パルチザン
パルチザンが東欧勢初の決勝進出を果たしたものの、マドリーがブリュッセルで格の違いを見せつけた。パルチザンのベリボル・バソビッチが先制した瞬間は違う結末もあり得るかと思われたが、残り20分間にアマンシオ・アマロとフェルナンド・セレナのゴールでマドリーが逆転。主将のヘントは自身6回目の優勝を果たした。

1980-81シーズン:リバプール 1-0 レアル・マドリー
大会創設当初は圧倒的な強さを発揮したマドリーだったが、次に決勝へ勝ち進むまで15年もの月日を要した。しかも、今回はパルク・デ・プランスで失望を味わい、終盤にアラン・ケネディに許した1点で敗北。リバプールが欧州チャンピオンズカップ優勝杯を再びイングランドに持ち帰った。

マドリーが栄冠を手にした1998年決勝をミヤトビッチ氏が回想
マドリーが栄冠を手にした1998年決勝をミヤトビッチ氏が回想

1997-98シーズン:レアル・マドリー 1-0 ユベントス
再び決勝ヘ勝ち上がったのは16年後。欧州チャンピオンズカップがUEFAチャンピオンズリーグに生まれ変わって以降では初めての決勝進出となった。アムステルダム・アレナで通算7度目の優勝をもたらしたのは、後半半ばにプレドラグ・ミヤトビッチが決めた1点だった。

1999-2000シーズン:レアル・マドリー 3-0 バレンシア
通算7回目の欧州制覇まで32年もかかったが、そのわずか2年後に8度目の戴冠を果たした。大会史上初めての同国勢対決となったスタッド・ド・フランスでの決勝は、マドリーが前半の終盤にフェルナンド・モリエンテスのヘディングシュートで先制。その後もスティーブ・マクマナマンとラウール・ゴンサレスの追加点でリードを広げ、バレンシアの希望を打ち砕いた。

ジダンが2002年決勝で決めた「生涯唯一」のボレーシュートを観よう
ジダンが2002年決勝で決めた「生涯唯一」のボレーシュートを観よう

2001-02シーズン:レアル・マドリー 2-1 バイヤー・レバークーゼン
大会史上最も有名な決勝といえば、ハムデン・パークで行われたこの一戦だろう。ラウールが2大会の決勝で得点を挙げるというUCL史上初の快挙を成し遂げたマドリーは、その直後、ルシオに同点ゴールを許したものの、ジネディーヌ・ジダンのスーパーボレーで勝ち越しに成功。このあまりにも鮮やかなゴールにより、直近5年間で3度目の優勝を決めた。

2013-14シーズン:レアル・マドリー 4-1 アトレティコ・マドリー(延長戦)
同じ街を本拠地とするチーム同士が欧州チャンピオンズカップ/UCL決勝で顔を合わせたのはこのときが初めて。スペインでリーグ優勝を果たしたばかりだったアトレティコが、ディエゴ・ゴディンのゴールで前半に先制。また新たなトロフィーを手にするかと思われた。しかし終了間際に、マドリーがセルヒオ・ラモスのヘディングシュートで追いつく。迎えた延長戦では、カルロ・アンチェロッティ監督に率いられたマドリーが得点力を爆発させ、ガレス・ベイル、マルセロ、クリスチアーノ・ロナウドがゴールを重ねて通算10度目の欧州制覇“デシマ”を達成。土壇場にPKを沈めたロナウドは大会記録に並ぶ17ゴールをマークした。

2015-16シーズン:レアル・マドリー 1-1 アトレティコ・マドリー(延長戦;レアル・マドリーがPK戦 5-3で勝利)
アンチェロッティ前監督の下でアシスタントを務めていたジダン監督に率いられたマドリーは、ミラノでの決勝でリードを奪う。ラモスが2度のUCL決勝でネットを揺らした史上5人目の選手となった。後半はアトレティコのアントワーヌ・グリーズマンがPKをクロスバーに当てたものの、ヤニク・カラスコが同点ゴールを奪って勝負は再び延長戦へ。さらにこのときはPK戦まで持ち込まれ、アトレティコは4人目のキッカーだった元マドリーのフアンフランがポストを直撃。最後はロナウドが決めて、マドリーに通算11度目の優勝をもたらした。