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EUROの英雄:2012 – ジョルディ・アルバ

サイドを切り裂くスピードから“バイク”と呼ばれるジョルディ・アルバは、2012年にもスペインのポゼッションサッカーが健在であることを示した。
EUROの英雄:2012 – ジョルディ・アルバ
UEFA EURO 2012決勝で、スペインの2点目を決めて喜ぶジョルディ・アルバ ©Getty Images

EUROの英雄:2012 – ジョルディ・アルバ

サイドを切り裂くスピードから“バイク”と呼ばれるジョルディ・アルバは、2012年にもスペインのポゼッションサッカーが健在であることを示した。

UEFA EURO 2008、2010年FIFAワールドカップを制したスペインはポゼッションにこだわっていたが、対戦相手も対策を研究し始めていた。そのため。国際大会3連覇を目指していた2012年のラ・ロハ(スペイン代表の愛称)には、新しい武器が必要だった。そこへジョルディ・アルバが名乗り出る。当時23歳の彼はバレンシアの選手としてリーガで飛躍したシーズンを終え、バルセロナと契約間近だった。 

「僕はバルセロナと契約した。欧州選手権の決勝で得点できたし、チームは優勝したんだ。僕の人生で一番大きな数週間だったね」と、左SBは懐かしそうに思い出した。

フィニッシュの精度
キエフでの決勝でのスペインは、ダビド・シルバのヘディングで1点リードして試合を圧倒していた。しかしイタリアを意気消沈させたのは、前半終了直前のアルバの一撃だった。「僕らはパスを回していた。僕は自陣でボールを受けてからシャビに預けたんだ」と本人は振り返る。「うちはストライカーを置いていなかったけど、僕はそのことを考えずに前に走っていったよ」

“走る”とは控えめな表現だろう。アルバは左足でボールをさばくと敵陣に向かってロケットのように突き進み、シャビ・エルナンデスのリターンパスを呼び込む。「ジョルディ・アルバのスピードを見ろ」とスペインのテレビ解説者は叫んだ。同じくこれに気づいていたシャビは、レオナルド・ボヌッチとアンドレア・バルザーリの間を抜くスルーパスをSBに供給。アルバはボールをコントロールし、カーブをかけたシュートでジャンルイジ・ブッフォンを破った。

バルサでの挫折
カンプ・ノウから15分の場所で育ったアルバは子どものころ、フリスト・ストイチコフに憧れるバルセロナのサポーターだった。やがてクラブのアカデミーに入学するも、15歳のときに体格が小さいと見なされて放出されてしまう。「前向きに捉えたよ」とアルバは強調する。「自分がやれると疑わなかったから、落ち込むことはなかったね。僕にはサッカーをプレーする必要があった。バルサでできたら最高だったけど、何よりプレーしたかったんだ」

©Getty Images

ウナイ・エメリ監督がジョルディ・アルバのポジションを変えた

頭角を現したのは地元のコルネジャでのことだった。その後バレンシアに引き抜かれると、タラゴナへの期限付き移籍を経てウナイ・エメリ監督率いるチームに戻ることとなる。バスク人監督がアルバをウィンガーから左SBにコンバートさせたことは、重要な転機となった。「エメリ監督が間違いなく僕の人生を変えた。僕に一番のインパクトを与えてくれた指揮官だよ」とアルバは語る。「SBに転向させられたときは、僕と監督に関して多くの批判があった。でも監督は動じなかったし、コンバートは成功したね」

“バイク”
バルセロナが注目したのは早かった。ポーランドとウクライナでの英雄は、大会終了後にカンプ・ノウを本拠地とするクラブに復帰。自らを家族思いと称し、眠ることが気晴らしと語るアルバは今も故郷のオスピタレートで暮らしている。このカタルーニャの海岸沿いの町にはチームメートの多くが住んでおり、愛する仲間の近くにいることができるのだ。ただしほとんどの選手とは違って、アルバは車にあまり興味がない。同僚がアウディで練習へ向かうなか、アルバは父親に送迎してもらっている。

それでもスペイン代表の仲間に“バイク”と呼ばれるアルバは、ピッチで最速の選手の1人であり続ける。今夏にフランスでUEFA欧州選手権記録となる4度目の優勝を狙うスペインのために、エンジンの回転を上げているに違いない。

最終更新日: 16年5月29日 18.18CET

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