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1968年 開催国イタリアに栄冠

1968年 開催国イタリアに栄冠
優勝杯を掲げるイタリアのジャチント・ファケッティ ©Getty Images

1968年 開催国イタリアに栄冠

UEFA欧州選手権と名称が改められた1968年大会では、開催国イタリアにも変化が訪れ、失意の1966年FIFAワールドカップから見事に立ち直って優勝を果たした。

欧州ネーションズカップから変更となった名称だけでなく、大会方式も新しくなり、予選が2試合合計スコアで争うノックアウト方式からグループステージ方式に変更。さらにグループ1位の8チームが準々決勝に進むことになった。ただし本大会そのものは、1960年、1964年と変わらず、準決勝、決勝、3位決定戦で構成された。

この大会ではマルタとアイスランドのみが不参加となった一方で、ゲルト・ミュラーを擁した西ドイツがついに大会デビューを果たした。だがドイツはミュラーの台頭も空しくグループ2位に終わり、ユーゴスラビアが準々決勝に進出した。

また、英国勢4カ国が争うブリティッシュ・ホーム・チャンピオンシップが予選グループの1つを兼ね、イングランドが準々決勝進出を果たした。イングランドはスコットランドにウェンブリーで2-3と競り負けたが、UEFA欧州選手権史上最多の13万711人という観客を集めたハムデン・パークでのリターンマッチは1-1で引き分けた。

そのほかのグループでは、エウゼビオのいたポルトガルがブルガリアに1位を譲ったり、タレントの宝庫だったベルギーがフランスに続く2位だったりと、意外な結果もあった。一方、前回覇者のスペインはそのような波乱もなくイングランドとの準々決勝に進出。しかしここではアルフ・ラムジー監督率いるイングランドがホームで1-0、アウェーのマドリードでも2-1と勝利し、本大会進出を決めた。

開催国イタリアの3会場(フィレンツェ、ナポリ、ローマ)に集った本大会出場4カ国は、1960年大会で準優勝したユーゴスラビア、ソ連、そしてフェルッチョ・バルカレッギ監督率いる新生イタリアだった。1966年のFIFAワールドカップで北朝鮮に敗れた際、腐ったトマトを投げつけられたアズーリ(イタリア代表の愛称)は、開催国ということもあり、なんとかしてファンの信頼を回復したいと願っていた。

本大会に入ると、イタリアとソ連の準決勝は120分を終えても0-0と決着がつかず、コイントスで勝者が決められた。主審が所定の手続きに従って投げたコインでイタリアが、途中退場者を出して10人に減ったイングランドにドラガン・ジャイッチの1点で競り勝ったユーゴスラビアとの決勝に進出することになった。イングランドのA代表で史上初の退場者となったアラン・マレリーは、次の3位決定戦に出られなかった。

そして迎えたスタディオ・オリンピコでの決勝戦、イタリアはジャイッチのゴールで39分に先制され、そのまま敗れるかと思われた。「正直、追いついたのは予想外だった」と当時のGKディノ・ゾフも振り返る。しかし残り10分にアンジェロ・ドメンギーニが同点ゴールを奪い、勝負を2日後の再試合に持ち込んだ。

選手層が厚かったイタリアのバルカレッギ監督は、再試合にサンドロ・マッツォーラとルイジ・リーバを起用。そのリーバがピエトロ・アナスタージとともにゴールを挙げ、ついにユーゴスラビアを2-0と退けた。「あの試合は勝つべくして勝った」とゾフは続ける。「あのときのことは今も鮮明に覚えているよ」

最終更新日: 12年5月15日 19.38CET

http://jp.uefa.com/uefaeuro/season=1968/overview/index.html#1968+

1968

イタリア

イタリアイタリア

豆知識

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歴史的瞬間

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大会ベストイレブン

 

出来事

欧州チャンピオンズカップ優勝:マンチェスター・ユナイテッドFC(4-1 vs SLベンフィカ、延長戦の末)

欧州年間最優秀選手:ジョージ・ベスト(マンチェスター・ユナイテッドFC)

ユーロビジョン・ソング・コンテスト優勝者:マシェル(スペイン)の『La, la, la』

欧州得点王(ゴールデンブーツ賞):エウゼビオ(SLベンフィカ)

ノーベル平和賞:レネ・カサン(フランス)、欧州人権裁判所裁判長

夏季五輪陸上男子100メートル金メダリスト:ジム・ハインズ(米国)、当時の世界記録9.95秒をマーク

F1年間総合優勝:グラハム・ヒル(英国)、ロータス所属

アカデミー作品賞映画:『オリバー!』

主な出来事
1月5日: チェコスロバキアでアレクサンデル・ドゥプチェクが共産党第一書記に就任、「プラハの春」を主導する。

4月4日: マーティン・ルーサー・キング牧師がメンフィスで暗殺される。

10月20日: アリストテレス・オナシスとジャクリーン・ケネディがギリシャで結婚。

1968年生まれのサッカー関係者
スラベン・ビリッチ、ビュレント・コルクマズ、オレグ・デニソフ、ディディエ・デシャン、ロベルト・ヤルニ、スラビサ・ヨカノビッチ、テムリ・ケツバイア、ドリネル・ムンテアヌ、キエテル・レクダル